これまで2回にわたり、ご自宅でもできる不眠対策についてお話ししてきました。
まだご覧になっていない方は、
第1回「不眠で病院を受診する前に見直してほしいこと その1」
第2回「不眠で病院を受診する前に見直してほしいこと その2」
もあわせてお読みいただくと、今回の内容をより深くご理解いただけると思います。
ここまでお話ししたことを実践してもまだ眠れないという方には、薬物療法を検討する段階に入ります。
(実際には、普段の睡眠についてもう少し詳しく確認することがありますが、今回の趣旨から外れますので割愛します。気になる方は、受診された際にお気軽にお尋ねください)
睡眠薬をご提案させていただくことが多いのですが、第2回のコラムでもお話ししたように、日本人は睡眠薬に対してあまり良い印象を持っていない方が、諸外国と比べて多いようです。
これには、我が国における睡眠薬の歴史が大きく関係しているのではないかと考えています。
そこで今回は、睡眠薬の歴史について簡単に触れながら、現在使われている睡眠薬についてお話ししたいと思います。
※一般の方にわかりやすく説明することを優先しているため、厳密には科学的に正しくない表現が一部含まれます。あらかじめご了承ください。
睡眠薬の歴史

① バルビツール酸系睡眠薬(1903年~)
人類は長年、不眠に苦しめられてきましたが、今から100年ほど前までは、漢方薬やハーブ、お酒くらいしか対処法がありませんでした。
そんな中、1903年に世界初のバルビツール酸系睡眠薬である「バルビタール」が開発されました。
バルビタールは効き目が強く、それまで不眠で苦しんでいた多くの方が眠れるようになり、瞬く間に世界中へ普及していきました。
その後も新しい薬が次々と開発され、1950年代までは、
「睡眠薬=バルビツール酸系」
と言っても過言ではないほどの人気を博しました。
しかしバルビツール酸系睡眠薬には、
- 依存性が強い
- 耐性が生じやすい
- 少し多く服用するだけで呼吸が抑制され、死に至る危険性がある
という大きな問題がありました。
耐性とは、服用を続けるうちに薬が効きにくくなり、必要な薬の量が増えていく状態のことです。
しかも当時は、睡眠薬を処方箋なしでも購入できました。
芥川龍之介やマリリン・モンローなど、多くの著名人がバルビツール酸系睡眠薬の過剰摂取によって亡くなっています。
また、若者の間では「睡眠薬遊び」と呼ばれる行為が流行し、社会問題となりました。
1952年と1956年には、WHO(世界保健機関)が処方箋を必要とするよう勧告し、日本でも販売規制が強化されました。
現在でもバルビツール酸系の薬はいくつかありますが、「麻薬及び向精神薬取締法」に基づく厳重な管理のもと、麻酔やてんかん治療、研究など、特殊な医療用途に限って扱われています。
現在、睡眠薬として処方されることは事実上行われていません。
② ベンゾジアゼピン系睡眠薬(1955年~)
1955年、クロルジアゼポキシドという新しいタイプの薬が開発されました。
この薬は、従来のバルビツール酸系睡眠薬と似た働きをしますが、依存性や耐性が比較的少なく、単独で大量に服用しても命に関わる危険性が低いことから、当時としては画期的な薬でした。
この薬をきっかけに、同じ特徴を持つ薬が次々と開発されていきました。共通する化学構造の名前から「ベンゾジアゼピン系」と呼ばれるようになりました。
このグループには睡眠薬だけでなく、不安を和らげるための「ベンゾジアゼピン系抗不安薬」も含まれています。これらは一般に「精神安定剤」と呼ばれることもあります。
その後、ベンゾジアゼピン系睡眠薬は新たな睡眠薬の選択肢として、1960年代以降、急速にバルビツール酸系睡眠薬に取って代わりました。
現在でもベンゾジアゼピン系睡眠薬は広く使用されています。
医療機関で、次のようなお薬を処方されたことがある方も多いのではないでしょうか。
- デパス(エチゾラム)
- サイレース/ロヒプノール(フルニトラゼパム)
- レンドルミン(ブロチゾラム)
- ハルシオン(トリアゾラム)
ベンゾジアゼピン系睡眠薬の注意点
たしかにベンゾジアゼピン系睡眠薬は、バルビツール酸系睡眠薬と比べると、耐性や依存性は少なくなっています。
しかし、まったくないわけではありません。
昔、特に2014年以前は、睡眠薬の選択肢が限られていました。
そのため、
「耐性や依存性のデメリットよりも、眠れないデメリットの方が大きい」
という理由で、ベンゾジアゼピン系睡眠薬が処方されてきたことも、致し方ない部分があったと思います。
しかし現在は、後ほどご紹介するような、耐性や依存性がほとんどない睡眠薬が開発されています。
不眠症の患者さんに最初からベンゾジアゼピン系睡眠薬を投与することは、依存症の患者さんを新たに作ることにもなりかねません。
「他の病気を診てもらっているついでに」と安易に睡眠薬を希望し、ベンゾジアゼピン系睡眠薬が処方された結果、
- 睡眠薬がどんどん増えてしまった
- 薬がないと眠れなくなってしまった
という状態に陥り、当院を受診される患者さんが、残念ながら少なくありません。
個人的には、私たち心療内科医が他の診療科の薬すべてに精通していないのと同じように、他の診療科の医師が睡眠薬に精通していないことは、ある意味当然のことだと思います。
睡眠薬を処方してもらう際は、睡眠薬を専門的に扱っている心療内科や精神科の医師に相談される方が安心です。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬の副作用
ベンゾジアゼピン系睡眠薬には、耐性や依存性のほかにも、次のような副作用があります。
- 前向性健忘:薬を飲んだ後の記憶がなくなる
- 脱抑制:怒りっぽくなったり、食欲を抑えられなくなったりする
- 筋弛緩:ふらつきや転倒の原因となる
- 過鎮静:睡眠薬が効きすぎて、起こしても起きられなくなる
特に高齢の方は、ふらつきや転倒などに十分注意する必要があります。
海外では使用期間に上限があります
実は、日本以外の多くの国では、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の使用期間に上限が設けられています。

- アメリカ:「ベンゾジアゼピンは短期使用(2~4週間)に限る」と明記
- イギリス:不眠に対して使用する場合、原則2~4週間以内にとどめることを推奨
- ドイツ:不眠に対する使用は最大4週間までが基本
- フランス:「不眠症に対する使用は4週間以内」と上限を明示
- オーストラリア:2~4週間以内の短期使用を基本とし、長期使用者には減薬・中止を積極的に検討
- カナダ:不眠や不安に対する使用は2~4週間が原則
ベンゾジアゼピン系睡眠薬の使用期間が4週間を超えると、メリットよりデメリットが上回ることが、多くの研究で明らかになっています。
これに基づき、諸外国ではベンゾジアゼピン系睡眠薬を4週間以上続けないよう定めています。
一方、日本では「1回の処方で30日分までしか処方できない」という制限はありますが、ガイドラインにも「短期使用が望ましい」という程度の記載しかありません。
諸外国と比べると、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の使用については、緩いと言わざるを得ません。
最近になってようやく、1回の診察で処方できるベンゾジアゼピン系薬剤の種類が制限されるようになり、今後も徐々に制限が厳しくなっていくことが予想されます。
現在、ベンゾジアゼピン系睡眠薬を複数種類服用されている方は、主治医と相談しながら、減薬や他のお薬への変更を検討されることをおすすめします。
③ 非ベンゾジアゼピン系睡眠薬(1988年~)
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬とは、ベンゾジアゼピン系睡眠薬とは構造が異なるものの、作用する場所が似ている睡眠薬のことです。
代表的なお薬には、
- マイスリー(ゾルピデム)
- アモバン(ゾピクロン)
- ルネスタ(エスゾピクロン)
があります。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬より耐性や依存性が少なく、現在でも多くの医療機関で処方されています。
寝つきを良くすることは得意ですが、持続時間は短いため、中途覚醒(夜中に目が覚めるタイプ)にはあまり向いていません。
たしかにベンゾジアゼピン系睡眠薬とは構造が少し違いますが、作用する場所が似ているため、やはり耐性や依存性の問題は付いて回ります。
これからご紹介する「新しい睡眠薬」が登場した現在では、最初から非ベンゾジアゼピン系睡眠薬を服用することは、できるだけ避けた方が良いと考えています。
④ オレキシン受容体拮抗薬(2014年~)
1998年、日本人の桜井武先生と柳沢正史先生によって、新しい神経伝達物質である「オレキシン」が発見されました。
発見当初は、食欲を促す作用があると考えられていました。
しかし翌1999年、ナルコレプシー患者さんの脳脊髄液中には、オレキシンがほとんど存在しないことが発見されました。
ナルコレプシーとは、突然強い眠気に襲われて眠ってしまう病気です。
この発見によって、オレキシンは覚醒を維持するために中心的な働きをする神経伝達物質であることがわかりました。
そこで、
「それなら、オレキシンをブロックすれば、自然と眠れるようになるのではないか」
というアイデアのもと、オレキシン受容体拮抗薬が開発されました。
2014年には、世界初のオレキシン受容体拮抗薬であるベルソムラ(スボレキサント)が発売されました。
その後も新しい薬が次々と開発され、2026年現在では、4種類のオレキシン受容体拮抗薬が発売されています。
オレキシン受容体拮抗薬の特徴

オレキシン受容体拮抗薬は、これまでの睡眠薬とは作用する場所がまったく異なります。
そのため、今までの睡眠薬で問題となっていた
- 耐性
- 依存性
- 前向性健忘
- 脱抑制
- 筋弛緩
- 過鎮静
といった副作用は、ほとんどありません。
睡眠薬が朝まで残る「持ち越し効果」がみられることはありますが、お薬の種類や量を調整することで解決できることがほとんどです。
目立った副作用としては、「悪夢を見ることがある」くらいでしょうか。
これも、お薬を減らしたり、種類を変更したりすることで対処できることがほとんどです。
当院で感じていること
もちろん、オレキシン受容体拮抗薬がすべての患者さんに合うわけではありません。
しかし、開院以来、ほとんどの患者さんが、オレキシン受容体拮抗薬によって満足のいく睡眠を得られるようになっています。
また、状態が改善し、自然と睡眠薬を飲まなくても眠れるようになった方も少なくありません。
一方で、ベンゾジアゼピン系睡眠薬をしばらく使用されている患者さんでは、すでに耐性や依存性が生じていることが少なくありません。
そのため、オレキシン受容体拮抗薬へ変更する際に苦労するケースがとても多いのです。
また、ベンゾジアゼピン系睡眠薬を服用されている方で、お薬を飲まなくても眠れるようになった方は、オレキシン受容体拮抗薬を服用されている方と比べると、非常に少ない印象があります。
現在の睡眠薬治療について
繰り返しになりますが、オレキシン受容体拮抗薬が開発される前は、ベンゾジアゼピン系睡眠薬に頼らざるを得ませんでした。
そのため、当時ベンゾジアゼピン系睡眠薬が処方されていたことも、仕方がなかったと思います。
もし私自身がその当時に心療内科医をしていたとしても、おそらく同じように処方していたはずです。
しかし、時代は変わりました。
現在では、耐性や依存性がほとんどない新しい睡眠薬という選択肢があります。
無用な耐性や依存性が生じることのないよう、不眠でお困りの方には、まずはオレキシン受容体拮抗薬をお試しいただくことを強くおすすめします。
もちろん、お薬を使う前だけでなく、お薬を始めた後も、これまでのコラムでお話ししてきたことを実践し続けることが大切です。
お薬を始めた後も、生活習慣の見直しを続けることを忘れないでください。
最後に
4種類あるオレキシン受容体拮抗薬の中で、どのお薬がその方に一番合うのか、また服用する際の注意点など、お話ししたいことはまだまだたくさんあります。
気になることがありましたら、ぜひ「睡眠薬のプロ」である心療内科医や精神科医に、お気軽にご相談ください。

